沿革
| ---福井県菓子工業組合の前身は遠く江戸末期に遡る--- |
【菓子仲間組合】 江戸末期。公家、武家、茶人、僧といった一部上層階級の嗜好品だった菓子も、駄菓子の出現や菓子の発達により菓子商が増え、自己の利益を守ろうとする同業者が集まって菓子仲間組合を結成した。
【菓子同業組合】
明治初期には、不況のため粗悪品が氾濫し、政府はその打開策のため、同業組合を組織させ、同業者による製品の品質検査や管理を実施させた。また品質の優秀なものを褒賞し業者の品質向上意欲をかきたてる目的で、各種の品評会・共進会、博覧会が開催された。
【福井県菓子商組合】
明治30年頃には初めて県下の同業組合が1本化し会長に林末治氏が就く。現在の全国菓子博覧会の前身である帝国菓子飴品評会や北陸菓子共進会などに県内の老舗が出品している
【福井県菓子業組合連合会】
大正初期ごろには県内各地に同業組合が設立され、組合員数も増え、県連合会を結成する機運が盛り上がった。全県的な組織にするための規約などを改正し、組合員数428名を擁し、理事長に淡島恒氏が就いている。
【福井県菓子工業組合連合会】
戦争激化の中で、昭和15年には政府は工業組合法により統制事業を推進し、政府の権限は強化され、工業組合は原材料の配給割り当て機関としての性格を強めた。
【福井県菓子統制組合】
県菓子工業組合は必然的に菓子統制組合に移行される。理事長、木瀬仙太郎氏。菓子製造業者は共同して有限会社を設立し配給の原料による製造販売を続けるが、やがて原料不足で休業に追い込まれる。昭和20年終戦を迎える。
【福井県菓糧商工業協同組合】
昭和22年、菓子、パンの製造及び販売の改良発達に資するため必要な共同施設をなすことを目的に福井県菓糧商工業協同組合を設立。理事長 木瀬仙太郎氏。昭和23年福井震災。
【福井県菓子商工業協同組合】
昭和24年、中小企業等協同組合法の規定に従い、福井県菓子商工業協同組合と改称して組織を変更する。理事長、山下徳三郎氏。組合員 558 名。出資総額 100 万円。ようやく業界も安定の兆しが見え、砂糖 ( 業務用 ) 等原料の配給が復活し、菓子の統制価格も廃止された。昭和30年代に入り、菓子博覧会協賛。火災共済事業開始。総代会開催。経営セミナー開催。
【福井県菓子工業組合】
昭和40年6月25日、通常総会において福井県菓子工業組合が誕生し初代理事長に小石川譲氏が就任。
| 43年 |
第1回製菓衛生師試験実施。情報誌「組合だより」復刊 |
| 53年 |
グループ共済保険制度発足(加入者数 302 名) |
| 3年 |
第1回福井菓子まつり「ウェル菓夢・美食フェスタ」開催 |
| 5年 |
第2回福井菓子まつり「ウェル菓夢・美食フェスタ」開催 |
| 8年 |
第3回福井菓子まつり「ウェル菓夢・美食フェスタ」開催 |
| 11年 |
第4回福井菓子まつり「お菓子の国ワールド” 99 ”」開催 |
| 17年 |
「ウェル菓夢ふくいお菓子大好き」開催 於:福井新聞社 |
| 17年 |
「福井菓子博 2005 」開催 於:サンドーム福井 |
17年 |
「 創立40周年記念 式典」開催 於: 福井厚生年金 会館 |
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